第5話「リスト」

 

 ユリの家で夕食を終えたタライムとレオナは、あてがわれた部屋で今後の予定を話し合うことにした。

「ユリちゃんがそんなことを?」

「はい。もしかしたら、ダン君の記憶が戻るかもしれないからって。タライムさんはどう思いますか?」

 レオナの問いかけに、タライムはう〜ん、と小さく唸り声を上げた。

「確かにダンのことは俺も気になる。ただ、あいつが爆発事故に関係があるという確証は全くないし、コルムに来ても記憶が戻るとは限らない。何より、ダン一人でコルムに行くのは無理だろう。俺達が案内してやるわけにはいかないし、何も知らない土地に一人放り出すってのはなぁ……」

 レオナと同様に、タライムもユリの提案に難色を示す。

「あの、それで、私考えたんですけど……」

 すると、レオナがタライムに別の案を提案した。

「ダン君とユリちゃんの二人をコルムに連れて行くっていうのはどうでしょう?」

「ユリちゃんも?」

「はい。彼女ならダン君のことも良く知ってるし、ダン君もユリちゃんと一緒なら心細くないと思うんです。ダン君は強いからユリちゃんも危険は少ないし……」

「ふむ……」

 レオナの提案にタライムが一つ頷く。確かに、一人で行くのと知り合いと一緒に行くのでは大分気持ちも違うだろう。それに、ダンの強さはタライムも肌で感じている。そこいらの盗賊程度では相手にならないだろう。

「確かにそれはいい案だが、両親はどう思うかねぇ? 一人娘を見ず知らずの土地に行かせるなんて……」

「それは確かにそうなんですけど……。とりあえず、一度話してみてはどうでしょう?」

「まぁ、ここで考えても埒が明かないからな。試しに話してみるか」

 そう言って、タライムがベッドから腰を上げる。レオナもその後に続いて歩き出した。

 

 

「私もコルムに?」

 二人の提案を聞いたユリは目を丸くして驚いた。

「ああ。ダン一人じゃ心細いだろう?」

 タライムがダンの方を向いて尋ねる。

「俺は別に、コルムになんて……」

 ダンは戸惑うような複雑な顔を浮かべて答えた。

「けど、もしかしたらダン君の記憶を戻す手掛かりが掴めるかもしれないよ?」

 レオナが再度ダンに向かって尋ねる。ダンはそれには答えず、また戸惑うような表情を浮かべるだけだった。

「ユリちゃんはどうだ? コルムに行ってみる気はねぇか?」

 タライムが今度はユリの方に尋ねる。

「え? でも、私……」

 ユリがちらっ、とダンの様子を伺う。それに気付いているのかいないのか、ダンは黙ったまま俯いていた。

「行ってきたらどうだ?」

 その時、意外な人物から二人に助け舟が出された。

「お父さん……」

「ダン一人では俺も心配だ。それに、お前も一度コルムに行ってみたいんじゃないのか?」

「それは……」

 ユリが答えにくそうに口をつぐむ。

「そうねぇ、ユリも年頃の女の子だもの。そろそろ外の世界に興味があっても不思議じゃないし……」

 ユリの母親も父親の意見に同意する。

「心配すんな。俺達も出来る限りのフォローはするし、管理局の方にも二人の事は伝えておく。期間もせいぜい一週間くらいだし、ちょっとした旅行みたいなもんだよ」

 タライムが場の雰囲気を和ませようと努めて明るい声で言う。ユリはしばらく考え込んだ後、タライムとレオナの方を向いた。

「わかりました。私、ダンと一緒にコルムに行きます」

「ユリ……」

 ダンが心配そうな顔でユリを見つめる。そんなダンに、ユリはいたずらっぽく笑いかけた。

「だって、私がついてなきゃ、また誰かれ構わず攻撃するかもしれないし」

「全くだ」

 その言葉に、タライムが大きく頷く。

「……どうやら、貴様とは早々に決着をつけねばならないようだな」

「上等だ。表出ろ」

 タライムとダンの視線がバチバチと火花を散らすように交錯した。

「もう、止めてください二人とも」

 レオナが慌てて二人の間に割って入る。ユリの両親は、そんな四人の様子を暖かい眼差しで見守っていた。

 

 

 翌朝、ダンとユリは身支度を整えると、家の前で待つタライムとレオナのところに歩み寄った。

「それじゃあ、行ってくるね」

 ユリが見送りに出た両親に出発の挨拶をする。

「ああ。気をつけて」

 父親はそう言うと、ダンの方に視線を向けた。

「ダン、ユリのことを頼むぞ」

「ああ。任せてくれ」

 ダンはその言葉に真剣な顔で頷いた。

「ユリも、ダンに迷惑かけないようにするのよ」

「私がダンに迷惑かけたことなんてないよ、お母さん」

「そのわりに、ユリに大きなタンコブ作られたって言うことが多いんだけど……」

「あれは教育だもん」

 ユリが胸を張って答える。母親の方はその答えに苦笑いを浮かべるだけだった。

「船が来るまで時間がない。出発するぜ」

 タライムが昨日のうちに連絡を取った結果、管理局が迎えの船をよこしてくれる手はずとなった。調査隊として具体的な成果は得られなかったが、二人もそろそろ補給が必要な時期だったし、何よりダンが重要な情報をもたらしてくれる可能性もゼロではなかった。

「じゃあ、今度こそ行ってきま〜す」

「気をつけるのよ〜」

 こうしてユリの両親に別れを告げて、四人は港に向けて出発した。

 

 

 村から歩くこと約一時間、四人はアルマンシア大陸にある小さな港に到着した。アルマンシア大陸には船の発着のためにいくつかの小さな港があるが、商業が発達しているというわけではなく、港にはほとんど人影はない。まさに船の発着のためだけに存在しているといえた。

「ねぇダン、コルムってどんなところなのかな? やっぱり人がたくさんいるのかな?」

「だろうな」

「私の運命の人、コルムで見つかるかなぁ?」

「さぁな」

 興奮気味に話すユリと違い、ダンはどこか醒めた雰囲気で答えを返している。ユリはそんなダンの様子が段々と心配になってきた。

「ねぇ、ダン。もしかして、コルムに行きたくなかったの?」

「そうじゃない。ただ……」

 そう言って、ダンはタライムの後姿を見つめる。タライムは右ポケットに入れてあった時計を取り出し、時刻を確認した。

「おっかしいな……」

 時刻を確認したタライムが首をひねる。港に到着してから既に30分以上経過しているが、船の姿は一向に確認できない。到着予定時刻から既に20分以上過ぎてしまっているにも拘らず、だ。

「船に何かあったんでしょうか?」

 レオナがタライムの隣にまでやって来る。

「わからねぇ。一度ティアに連絡取るか……」

 タライムが荷物を下ろし、中から連絡用の記録石を取り出す。その時、不意にダンがすくっ、と立ち上がった。

「どうした? ダン」

 タライムがダンに尋ねる。ダンの表情はいつになく険しいものだった。

「……戻る」

そう言うとダンは突然走り出し、荷物を置き去りにしたまま元来た道を引き返し始めた。

「ダン!? どこ行くの!?」

 ユリも荷物を置いたまま慌ててダンの後を追う。

「お、おい!?」

 タライムが二人を呼び止めようと声を上げる。その時、記録石が淡い光を放ち、血相を変えたティアの顔が映し出された。

「二人とも、無事か!?」

 タライムとレオナが記録石を覗き込む。

「俺達は無事だ。船が来ねぇぞ、何があったんだ?」

「船の出港は取りやめになった。今から30分くらい前に、アルマンシア大陸の各地から火の手が上がっているとの連絡が灯台から入った。何者かがアルマンシア大陸に火を放っているとしか思えない」

「火を!? アルマンシアが襲われてるってのか!?」

「そういうことだ。とにかく一度安全な場所に……」

「タライムさん、あれを!」

 ティアの言葉が終わる前に、レオナがタライムの袖を引く。タライムが振り返ると、二人がやって来た村の方角からいくつもの煙が上がっていた。

「まさか……!」

 焦げ臭い嫌な匂いが鼻をつく。ダンはこの匂いをいち早く察知したようだった。

「ティア、また後で連絡する!」

「あ、おい……!」

 タライムは強引に話を打ち切ると、レオナの方を向いた。

「行くぞ!」

「はい!」

 二人は荷物の中から武器だけを取り出すと、一目散に元来た道を引き返した。

 

 

 全速力で走り続け、二十分ほどで村へと辿り着く。だが、そこには二人の願いとは逆の光景が広がっていた。村の至る所で真っ赤な炎が燃え上がり、無事に建っている建物は一つも見つからない。地獄。この光景を表すのに、タライムはそれ以外の言葉を思い浮かべることは出来なかった。

「ひどい……」

 レオナが震える声で呟く。水路を流れる水の音も、虫の鳴き声も、村人の笑い声も、何も聞こえない。聞こえてくるのは、建物に使われていた木材が燃えて焼け焦げていくパチパチという音と、建物が崩れていく音だけだ。たった一時間もしないうちに、村の面影は跡形もなく消滅していた。

「二人は……」

 タライムがユリの家のあった方角を目指す。レオナも無言のまま同じ方角を目指した。ものの数分もしないうちに、タライムとレオナは二人の姿を見つけた。燃え上がり、焼け落ちた自宅を、ユリは両膝をついたまま呆然と見つめている。ダンもその背後に立ちながら、同じように呆然と自宅だったものを見つめている。扉であっただろうと思われるものの横から、どちらのものとも分からぬ腕のようなものが、黒く焼け焦げて突き出していた。

「……レオナ、俺は村に生存者がいないかを確認する。手伝ってくれ」

 タライムがレオナにそう告げる。

「でも、二人は……」

「今は他の生存者を確認する方が優先だ。わかるな?」

 タライムが再度レオナに確認する。その手は、炎に囲まれていてもわかるほどに真っ赤に震えていた。

「……はい」

 自分ばかり悲しんではいられない。レオナは涙をこらえると、タライムの言葉に一つ頷いた。

「この分だと村の東側は絶望的だ。西側を確認するぞ」

 タライムの指示に従い、二人は村の西側へと回りこむ。だが、西側も東側と何一つ変わらぬ状況だった。逃げられた者がいるかは不明だが、少なくとも、今この村にいる者で生きているのは、タライムとレオナ、そしてダンとユリだけだった。

「……タライム……さん……」

 レオナがタライムの方を向く。その目からは、今にも大粒の涙が溢れ出しそうだった。

「泣くのは後にしろ。今は二人の安全の確保が優先だ」

 タライムがダンとユリのところへ戻ろうと振り返る。だが、その視線の先に、タライムは異常なものを捉えた。

「え?」

 振り返ったレオナも驚きの声を上げる。そこには、一人の人間が立っていた。全身を真紅の鎧に包み、顔さえも兜に覆われている。年齢、性別すらわからないし、もしかしたら人間ではないかもしれない。だが、それよりもタライムが目を向けたのは、その者の右手に握られた剣だった。太陽を模したと思われる柄についた装飾。刀身は炎に包まれている。その燃え盛る刃の先から垂れているのは、まぎれもない人間の血だ。

「お前がやったのか?」

 タライムが静かに尋ねる。真紅の鎧を着た者は、何も答えず静かにこちらを見つめていた。

「これはお前がやったのかって聞いてんだよ!!」

 タライムが怒りを込めて再度尋ねる。すると、相手はようやく重い口を開いた。

「いかにも」

 無感情に、ただ淡々と、そう答える。タライムは背中の剣を無言で引き抜いた。

「覚悟は出来てるんだろうな?」

 タライムが剣を構える。レオナもすぐに銃を構えた。

「貴様は俺には勝てん、タライム」

「あ?」

 突然名前を呼ばれ、タライムは少々面食らった。

「何故俺の名前を知ってる?」

「名前だけではない。お前が行商人として世界を回っていることも、現代では珍しい二刀流の使い手であることも、今、レバンの捜索のためにアルマンシア大陸に来ていることも知っている」

「何だよ、俺のファンか? サインは一人二枚までだぜ?」

 タライムがいつもの軽口でそう言う。だが、相手は黙ったままタライムを見つめていた。

「無視かよ。一体どこで俺の事を知った? 何故村を襲った?」

「……お前を知っていたのは、リストに入っていたから。それだけのことだ」

「リスト? 何の事だ?」

「知る必要はない。お前はここで死ぬのだからな」

 真紅の鎧を着た者が、ゆっくりと両手で剣を構える。禍々しい殺気が辺りを包み込んだ。

「やる気らしいな……」

 タライムも戦闘に向けて集中力を高めていく。だが、次の瞬間、相手の口から予想外の名前が飛び出した。

「レバンに続いて始末されるのはお前だ、タライム」

 

第5話 終